まどろみ天使

おたく10年選手OL

オタク人生を振り返る①中学まで

先日誕生日を迎え、気がつけばオタクになってから10年が経った。この10年たくさんの現場に通い、いろんな年齢いろんな地域に住む友達ができ、本当に楽しかった。なんだかオタクやめるみたいな書き出しになったけども全くもってやめる気はない。

これまでたまにブログを書くことはあっても、「オタク人生」という大きなくくりで振り返ることはなかった。せっかくの区切りなので、ここでオタクとしての半生について残しておこうと思う。

 

オタクの始まり 幼少期〜小学生

明確にオタクになったのは中学生の時だけど、振り返ると小さい頃からその片鱗はあったように思う。

小さい頃は外で遊ぶのと同じくらいお絵描きが好きだった。幼馴染のお姉さんが絵を描くのが上手で、一緒に遊びながらお絵描きの楽しさを学んだ。

 

TSUTAYAに行って借りるのは明日のナージャプリキュアではなく、鋼鉄天使くるみ

www.nicovideo.jp

 

このあと東京ミュウミュウにハマったのでメイドモチーフが好きだったのかもしれない。

 

古本屋で買う漫画はまもって守護月天!。(ウン年ぶりに読んだらまだシャオと太助くっついてなくてびっくりした……。)

comic.mag-garden.co.jp

 

周りの友達がポケモンの話で持ちきりの中、教育方針でゲームを買ってもらえなかったのでパソコンでRPGツクール製のフリゲをプレイする日々。母の実家ではいとこのお兄ちゃんたちの持ってるKYOやシャーマンキングを読み、皮膚科ではBLACK CATを読んだ。毎月買っていた雑誌は今はなきWindows100%。

 

このブログを読んでくださっている?フォロワーにとっては耳馴染みのないタイトルばかりであろう。というように、今振り返ると中々インプットをしてきた小学生だったように思う。

ちなみに小学校では自主学習ノートというものを毎日2ページ書いていたのだが、何を思ったのか創作小説を連載していた記憶がある(THE黒歴史)。

 

 

小6あたりから周りの友達の中でジャンプ系漫画ブームが来て、その流れで家庭教師ヒットマンREBORN‼︎にハマった。

 

家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN! (7) (ジャンプ・コミックス)

家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN! (7) (ジャンプ・コミックス)

 

 

この7巻の表紙が好きすぎて何回も何回も模写した……。ちなみに表紙のディーノさんは昔は弱かったけどファミリーと街の皆を守りたいという想いで才能を開花させ、ボスとして振る舞う時はめちゃくちゃ強いけど部下がいないとまたへなちょこに戻るというたまらん人です。ガチでディーノさんみたいな人と結婚したいと思っていた。

プールが苦手で水泳の授業が死ぬほど嫌いだったけど、脳内でポルノの『ハネウマライダー』を流していたら25メートル泳げた(ディーノさんの通称は跳ね馬)。思えば金髪チャラ顔キャラに惹かれたのはディーノさんが始まりかもしれない。

 

というような感じで、同年代の友達がみんなハマっている王道コンテンツではなく、玄人向けオタクコンテンツを摂取して育った。

 

ちなみに親にゲーム機買ってもらえなかったことは当時かなり恨めしかったけど、その分パソコンに詳しくなったし、勉強に集中できたし、今ではわりと感謝している。大人になってわかるありがたみ。

 

 

ラルクとの出会いでバンギャへ 中学生

中学では主にサッカーとバンドを追っていた。

サッカー(Jリーグ)はその時期ちょうど地元チームが強かったこともあり死ぬほど楽しかった。今いろんな経験をして思い返すとサッカーもなかなか良ジャンルだったなと思う。

 

サッカーおたくの楽しいところ

  • 他の都道府県の名物などに詳しくなる
  • 地元が好きになる、誇りを持てる
  • 練習見学でツーショが毎日タダで撮れる(人気チームは難しいだろうけど)
  • 他チームの推しが地元に来てくれる
  • 男ヲタ現場なのでスレまとめブログが豊富、面白いネタツイも多い
  • ファン感謝祭(ファン感)などオタク向けイベントもある
  • グッズが豊富でかわいい。有名キャラとのコラボも
  • チケット代が2000円くらいから
  • 地元の旅行会社がパッケージツアーを組んでくれるので遠征費も安い
  • おたくでも男子との共通の話題が持てる

 

こんな感じで楽しいところがいっぱいあった。今は一緒通ってくれてた人と離れてしまったので行けてない……だれか誘ってくれたら死ぬほど解説します。

 

崇拝するバンド・L'Arc~en~Cielとの邂逅

ラルクおじさんたちとの出会いは忘れもしない、中学2年生の6月。セブへブの発売週でのMステパフォーマンスがきっかけだった。

 

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引用元:壺の内 テレ朝特番 Mステ秘蔵映像で観るL'Arc~en~Cielの20年 その3

 

このhydeさんを見た瞬間に「眼帯?!羽のついた帽子?!肩にも羽が?!!!この世の人間とは思えん…………」と雷に打たれたように衝撃を受けたのを覚えている。

 

これを見たあと、TSUTAYAでベストを借りて擦り切れるほど聴いた。CDDVDもお小遣いが許す限り買った。思えばこの時期はリリースが多くてめちゃくちゃラルオタしてて楽しい時期だった。

ちなみに若い英語の先生にラルクが好きなことを伝えると「……シブいね!」と笑顔で返された。周りの女友達の間では花男からの嵐の大ブームが起こっている中、自分は90年代ロックにどんどん詳しくなっていった中学生時代だった。

 

Clicked Singles Best 13

Clicked Singles Best 13

  • L'Arc~en~Ciel
  • ロック
  • ¥2100

 

 この記事で「オタクになったのは中学生から」としているのは、ラルクおじさんのおかげで収集したり歴史を掘り下げたり、歌詞やPVを解釈したりというオタク的なコンテンツの楽しみ方を学んだからだ。非公式だろうが解説本を読んで曲中の聖書モチーフについて知り、オタク的な教養もL'Arcのおかげで学んだのであった。

 

 

人生初 ライブハウス公演

ラルクおじさんとの出会いをきっかけに初めてライブハウスでのライブに行ったのも中学生だった。

 

natalie.mu

 

このZepp籠城ツアー仙台公演。今はなき俺達のZeppSendi……。

親はまっったくもってラルクというかお化粧するタイプのバンドに理解がなく、なんでも反対されたのだが、これだけは会場が仙台ということもあり行くのを許された。

チケット取りは電話でやったのを覚えている。初めてのチケ一般申込み、家電で何度かけてもつながらず、やっとつながった!と取れた公演がたまたま午前授業の日になったのも何かの運命だったのかなと思った。

 

いよいよライブ当日、当時携帯を持っていなかったわたしは時計を忘れたため地元への電車に間に合うか不安に思い、スタッフのお姉さんに腕時計を借りた。自分はお姉さんと同じくらいの歳になったわけだが、見ず知らずの中学生に腕時計を貸すってなかなかできないことだと今になって思う。結果お姉さんのおかげで電車に間に合ったので、初ライブがそんな心優しいスタッフさんのいるライブで良かったなと思う。

 

ライブ自体は一般でそんなに整番がよくなかったものの、生きてるHYDEさんと空間がを共にしているといいうだけで感動した。下手から見ていたのだが最下手になぜか上半身裸で腰までかかる長髪のお兄さんが頭を振り乱していたのを見てロックってこういうことなんだな…と思った。ANGELTRIPのタオル投げをやれたのも嬉しかった。

これがわたしの人生で初めてのライブだった。ちなみに2年後にも仙台でVAMPSのライブに行くのだが、その時は震災後なのもあって全員にブレスレットが配られたのも覚えている。ソロ活動よりも4人派なので最近はなかなかVAMPSには行けてなかったが、初シングルがYUIのsummer songに負けて悔しかったこととか予約特典がめちゃでかいバスタオルだったなとか覚えてるし、いい思い出である。

 

ちなみにラルクおじさんの活動は受験や総体などと被って高校になっても行けなかった。初めて行ったのは国立なわけだが、もう国立くらいの規模のライブに行くことはなかなかないだろうと思うと行けてよかったなと思う。マイハー始まる前の美しすぎる景色一生忘れない。

 

www.oricon.co.jp

  

 中学生までで3000字超えてしまった……。この記事書くの、青春のワクワクした記憶いっぱい思い返されて最高に楽しい。高校生編は次回にします。

一人暮らしOLのにっき-お金とか地方コンプとかについて

blog.hatenablog.com

先日phaさんのこのブログを読んだ。

自分は自分の考えすぎなところが嫌だったが、phaさんの本に出会ってからはゆるい考えを実践するようになって、ちょっとずつ生きやすくなっている。

 

最近ブログを書くハードルを上げすぎていた。情報をまとめたり、レポしたり、フォロワーや読書の方に向けて有益な情報にしなきゃ……と気負うようになっていた。

続くかはわからないが、日々思っていることを綴っていきたい。

 

お金の使い方

一人暮らしを始めて10ヶ月が経った。最近は自分に合った生活リズムが身についてきて、何にお金と時間をかけるかの基準もできてきた。

本と文具とカフェは自分が好きなもの、キュンとするものは買ってOK。飽きっぽいので、コスメと服は思い思いに買い出すとキリがないことに気づいた。いつも慎ましく生活するからこそ、ちょっと高いランチや買い物が嬉しく感じるのだ。

あと物に執着がなくなった。これ最近使ってないな~と思うものはどんどん捨てるようにしているのだが、だいたい捨てても後悔するものはない。実家にいた時にどれほどものを溜め込んでいたかを思い知った。

 

bookmeter.com

私の大好きなこの本にあったのだが、余計な買い物をしそうになった時に使えるとっておきの呪文「これがなくても死なない。」これが効果てきめんである。だいたいのものは買わなくて死なないのだ。

 

女子は大変だ。自己満足と自己顕示のためにたくさんお金がかかる。

ちょっと前にツイートでも話題になったように、メディアで表現されているようなカワイさを保つためにはエステ・コスメ・服・美容室・ダイエットその他もろもろ、ぜったいやらなければ「普通の」女子ではいられない、と思ってしまうと無限にお金がかかるのだ。

毎日髪をぐるぐる巻いて、ブランドバックを持ってヒールを履いて、メイクもバッチリ、という女の子を町で見るとこっちも気分があがる。最高に「女の子らしい」。わたしもこうなりたいな~と思う。

でも、私は、そっち側に行くのをやめた。

今からでも毎月カード切ればいけなくもないのだが、そこまでして得たい姿ではないなと思う。メディアの作り上げたカワイイを手に入れるよりも、自分らしいかわいさを探していきたい。

 

まあこんな感じで自分を戒めつつブログを書いているが、正直お金は無限に欲しい(欲まみれ)。非オタでマブの友達が大手金融系なのだが、ボーナスの金額がそれなりだったようで、会話の節々にそれが現れている。

新卒1年目だし、きっとその子はそれが当たり前の世界線で生きているので、悪気がないのはわかる。こんなふうにブログに書いてしまう自分がちょっと嫌だ。でも給料のことで無責任に会社を責めたり愚痴を言ったりするのは最高にかっこわるいと思う。なのでむしろ「私が会社の売上5倍にしてやる❢❢❢❢❢」という方向に昇華させたい。

 

行ける現場がある幸せ

あとこれについてはまたブログを書きたいのだが、最近新しい推しができた。ぜんりょくボーイズという宮城のボーイズグループだ。今darwinという私の青春ライブハウスで日々フリーライブを開催している。

これまでライブ・現場というと遠征がデフォで、東京に行って初めてフォロワーと話が合う、話題に着いていきたいから東京に行っていた部分もあった。それが自宅そして職場から○○分のライブハウスで好きな人達に会えるのだ。

これまで地元のスポーツチームを応援していたこともあり、そのときもめちゃくちゃ楽しかったのだが、今もその時くらい楽しい。好きな人達にストレスなく会えて、現場について「楽しい」って心置きなく言えることってこんなにうれしいことはない。

 

私のフォロワーも全員が全員東京・大阪住みではないので、度々地方オタクのコンプレックスについて話題になる。この話題については文句言うなら都会に住めばいいとか、住めるんだったら住んでる色々事情があるんだよとか人それぞれなので正解とかなくて、あまり意味のない議論だと思う。

それでも地方はつらいよというツイートを続ける地方民の気持ちもわかるし、わかってほしいからツイートし続けるんだろうなと思う。好きなのに会いに行けないってつらいよね。全通したいよね。

 

WESTivalに入ってきて私の自担が藤井流星くんということは変わらなかったし、会えることなら無限に会いに行きいたんだけども、会いに行くためにはどうしてもお金がかかる。嬉しいことにWESTくんたちは気遣いができるので、最近MCが1回だけ入る人に優しい言葉選び(この会場が最高です!とか)になってきて、全通しなくても満足できる。もちろん入れることなら入りまくりたいんですけども・・・

それは会いに行ける推しができたってのも大きい気がする。ぜんりょくの現場に行けなくて病んだことはないので……。なんやかんや現場行って自分の目でちゃんと本人見てる人、お金落としてる人が最強みたいな価値観てどうしても抜けなくて、ぜんりょくの現場が楽しいのもその価値観の中で自分が現場行けてる方だから楽しいのかもしれないけど。それでも楽しいからいいんだ……自分が楽しいのが一番。人に合わせなくていい。

 

まとめとしては自分は人と比べないで生きていこう、ってことかな。

パソコン開いてタイピング始めれば案外すぐ書けるもんだ~

おわり。